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時と場所

すれちがい通信中継所に対して、
これは「すれちがい」ではない。興醒めだ。
という意見をちらほら見かける。
考え方は人それぞれであると思うので、
その中のひとつとして、私の考えも述べてみる。

「すれちがい」という言葉自体の意味としては、
日本語大辞典第二版をめくったところ、
「擦れ違い」と書くように、
1. ふれ合うほど近くを通り過ぎること。
2. わずかの時間の差で会わずに行き違うこと。

このふたつの違いは何か?

私は、時と場所を共有するのが前者で、
時を共有せず、場所を共有するのが後者だと思う。

これを、nintendogsのすれちがい通信に当てはめると、
前者は、従来のマンツーマン式すれちがい通信。
後者は、すれちがい通信中継所。

前者は、ふれ合うほど近くを、とは言えないけれど、
半径30m以内くらいにはいる相手と、
時と場所を共有したときに通信が成立する。
後者は、わずかとは言い難い時間が経ってしまったり、
逆に時を共有できるケースもありそうだが、
概ね、時は共有できず、場所は共有した際に成立する。
よって、どちらも「すれちがい」である、と考える。

どちらも「すれちがい」であることには違いないのだが、
その遊びの性質は、やっぱりちょっと違うものだ。

すれちがい通信中継所の大きな特徴は、
そこに行きさえすれば必ず通信が成立することと、
自分の子犬が誰のDSに遊びに行ったのか、
わからないということだろう。

前者が、興醒めだと感じる人のネックの理由だろう。
確かに、苦労して探し回って偶然すれちがうことが、
今までのすれちがい通信の醍醐味でもあるし。

でも、かと言って、すれちがい通信中継所が、
偶然を排除した完全なる必然ではないと思う。
そもそも、全く面識のないもの同士、
偶然、nintendogsを遊んでいて、
偶然、近い地域に生活していて、
(例外はあるだろうけれど)
お互い中継所に興味を持ったってことでしょう?

苦労の度合いは、かなり違うものの、
nintendogsを遊んでいなかったら、
きっと関わることもなかっただろう相手と、
すれちがい通信を楽しんでいる、
その根本的なものは、変わりない。

心情的に、わかる部分も多々あるのだけれどね。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々。

私はむしろ、自分の子犬がどこに遊びに行ったのか、
わからないことの方に思いを巡らしている。
この仕組みを楽しむには、自分はどうしたらいいかと。
それについては、いずれまた。

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